今回は有名な「木村 多江」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「木村 多江」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?
木村 多江とは
1971年3月16日生まれ、東京都出身。日本の女優である。
在学中から『美少女戦士セーラームーン』に出演するなど舞台女優として活動。19歳より舞台に立っていたが、21歳の時には父親が急逝し、パン屋やホテルスタッフ、レストラン、コーヒーショップ、知育研究所など朝から晩まで様々なアルバイトを3つ掛け持ちして家計を支えた。
2005年6月に広告代理店電通の社員と結婚し、2007年8月に妊娠を発表。体調などを考え『大奥』を降板し、主演ドラマ『上海タイフーン』は制作途中で無期延期となる。2008年2月23日に第1子(長女)を出産。出産後初の公の場となった主演映画『ぐるりのこと。』のプレミア試写会や、『上海タイフーン』の製作発表会見時に自らの妊娠による製作延期に触れ、謝罪した。
初主演映画『ぐるりのこと。』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、高崎映画祭で最優秀主演女優賞を受賞する。2010年の日本アカデミー賞の司会を関根勤と共に務めた。
2010年、CNNの「まだ世界的に名前は売れていないが、演技力のある日本の俳優7人」の一人に選ばれた。
2017年10月5日放送開始の『ブラックリベンジ』は民放の連続ドラマでの初主演。
木村 多江の名言集
仕事は生きがいでなく、やりがい。生きがいは家族であり、そこが人間としての要。ぶれないように仕事をしたい
入院中、窓から見える景色しかないのですが、朝がくるだけでうれしかったし、雨の音を聞いているだけでも心地よかった。小さな幸せを積み重ねてこそ、人は心豊かになるんだなあと気づかせてもらいました
一瞬一瞬を大事にして生きていきたい。きっと、もっと楽しいことがあるだろうし。本もいっぱい読みたいし、映画もたくさん観たいし、いろんな人と出会いたい
抜け出せない怖さで何度もうずくまりました
女優という言葉にもずっと居心地の悪さを感じていた
もがいて闘っている人ほど人間くさくて美しく、本当にかっこいい。
いつの頃からか「不幸な役が似合う女」と言われるようになった
わたしに泣く技術みたいなものはない
いつもわたしは違う人の人生を生きる
心のゆとりが身体をつくっている
寝付けない夜がある。そんな夜はラッキー、こりゃ妄想タイムだ」と思って、たとえ夜が明けようともいろいろな妄想をして楽しんでいる
すべての人が愛すべき人。すべての人が、人間合格
愛情は求めず、ただ与え続けていると、向こうから愛情が返ってくる
誰かに気持ちを話すというのも、ゆるむことの1つだと思う
以前、嫌なことを思い出しては、よく眠れなくなっていた。
人は生きていることが奇跡で、わたしは生かされていることを知った
だいじょうぶ。だいじょうぶ
追い込まれて、限界を超えたところから、生まれてきたものが、いっぱいある。
前は自分の中で、1と思ったら1の芝居をしなければと思い込んでいた。でも、違う。10でも100でもいい。自分にうそをつかなければ、どんなふうに演じてもいい。
学ぶことが、山のようにある。