その部門ごとのトップブランドになってほしいからです。ただし、絶対売上と絶対利益を大きくしろという意味ではありません。一店当たりの来客数と利益率が、相対的に最も高いという意味でのブランドを指すのです。買収した企業のブランドを極力絞り込むの理由
我々と関わることで、相手のビジネスがさらに高まり、我々もよくなることが企業買収の必須条件です。補完しあいながら有効にドッキングするということです。
むろん時価総額は高いことに越したことはありませんが、短期的に株価を上げようとは思っていません。我々は長期的に株価を上げるとこに判断の軸を置いた経営を標榜するということです。もし、株主が短期的に株価を上げることを望むのであれば、僕らに経営をさせない方がいい。
うちは事業の経営をやっているのであって、株式時価総額を増やすことがトップ・プライオリティ(最優先事項)ではありません。株式時価総額主義とは、一線を画しています。
2から3年は商売しなくても、社員の給料は払えます。手元流動性が高い形で資産を持っていると、いざというとき時間が稼げます。牛丼販売停止のあと、デッドストックを出しつつも新メニューを軌道に乗せることを優先できたのは、キャッシュを潤沢に持っていたからです。つまりそれをやらなきゃ死んじゃうというとき、赤字を出してでも生命の維持・継続に集中できる。
組織はリーダーの人格以上に大きくはならない。よって、リーダーは人間力を高めるべきだ。
お客さんの期待を裏切らないのが、うちのトップ・プライオリティです。
時代の変化に合わせて変えるべきものもある。では何を基準にするか。それは短期的な利益ではなく、少なくとも3年後とか5年後の未来にその判断がどのように評価されているのか。その視点で選ぶべきでしょう。
ドラスティックな革新運動はそれまでの常識を持ち出して、はなから無理だとしてしまったからできないんですね。そこで、現状肯定と過去習慣の延長は全部ご破算にして、おおっぴらに自己否定をするところから始めました。こうでなければ我々は成立できないという目標と枠組みを作って全員を追い込みました。
仮説ってものほどあてにならないものはないから、仮説検証には相当ボリュームをかけます。280円のときは4タイプの価格実験を30店舗でやりました。粗利が一番大きくなる合理的なプライスポイントは一直線には出てこなくて、跛行性がある。たとえば、270円と280円で客数は変わらないが、290円と300円の間には壁がある。つまり、とびとびに出て来る。その中から、あるレンジに収まる価格を選び出すのです。
券売機を置いた方が作業の煩雑性ははるかに小さくなるから、労働生産性を徹底的に追求している我々としては本来、券売機は必然の道具です。しかし、非常に矛盾に満ちたことではありますが、券売機を置かないことで大事にしたいことがあるんです。
文化人の方々は、吉野家は無機質この上ないとおっしゃるわけですが、築地で生まれた吉野家には、伝統的にかもし出してきたひとつの文化があると思うんです。券売機を置かないのは、その文化を収益が許す限り大事にしていきたいというメッセージでもあるんです。
社長に就任した時から、自分は継承者なんだとずっと思ってきました。今振り返ってみても、この観念は不思議なくらい強い。
我々は無借金経営で増収増益が続いていました。そうなると組織は硬直化して、セクショナリズム、官僚化が起こる。そこで無理難題を解決するために、革新運動を進めることにしたのです。全社で様々な改善を行って、あらゆるコストの見直しをしました。
吉野屋を支えてくださっているお客様はヘビーユーザー、常連客。いつもと違う味の牛丼を出せば、これは吉野家の味ではないと失望される。一口食べて、吉野家の味だとわかってくださるお客様がいることが我々の誇り。ここにダメージを与えることは、後々、ブランドへの信頼を損なってしまう。
基本的には人口数の多い層の嗜好がマーケットをつくる。パイの大きいマーケットは参入企業も多くなりますが、その場合は、先に手を付けておいた企業が有利。
これからは大変かもしれませんが、同時に面白いことができる時代だと思っています。
なぜ吉野家を選択していただいているかというと、今までの吉野家の味、サービスの蓄積があるから。その期待を裏切ることは最もよくない。
それぞれの企業が創業時から独自に蓄積してきた「無形の価値」に立ち返ることが大切。
リーダー候補にはハードワークは避けられないと思う。