引用元:テアトル・ド・ポッシュ
今回は有名な「佐藤 浩市」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「佐藤 浩市」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?
佐藤 浩市とは
1960年(昭和35年)12月10日生まれ、東京都新宿区出身。日本の俳優。
1980年にNHK『続・続事件』でデビュー。翌年出演した映画『青春の門』でブルーリボン賞新人賞受賞。丸の内東映で、スクリーンに映った自分の姿を観て感激し「俳優として生きていこう」と決意した。
20代から30代前半にかけては脇役の出演が多かったが、『あ、春』『顔』『KT』で重厚な演技を披露。
これらの作品の映画賞獲得における大きな原動力となっている。演技力の高さから舞台への進出も期待されているが、「自分は映像で際立つ役者である」ことを理由に一貫して映像作品への出演を貫いている。
2012年4月、東北芸術工科大学の文芸学科客員教授に就任した。任期は2015年3月31日までの3年間。
佐藤 浩市の名言集
舞台に出るでも自分で撮るでもなく、でも映画に関わってあと15年くらいやれたらいいね
やっぱり、自分の中で“好き”と“嫌い”は大きくあるんだけれど、自分を客観視できるものがいいんですね。出来上がったものを自分で見られないと…
節目でチャレンジさせていただけるのは幸せな商売ですね
ツキはあるんですよ。
節目で良い作品に出会えてる。
(40代をふり返っての感想は?)ソツがなかった、という感じかな…。それなりにこなしてきたという(苦笑)
(『愛を積むひと』について)本当に毒のない映画だからこそ、見る方が多面的な考え方を持つ、いろんな要素で見てもらえるんでしょうね。夫婦の成り立ち、夫婦のこれから、そして家族。自分自身も含めいろんな見方をされる映画になるんだろうと思います。
夫婦って、いい意味で一方通行なんだけれどちゃんと同じ方向を向いている
年を追うごとに経験が深まれば深まるほど、女性に対する依存度が出てくるのではないかというアプローチから、その依存度の高い男がパートナーを失った時にどれほどの痛みを伴うんだろうということを考えて入りましたね。30代や40代とは違う、50代だからこその夫婦の在り方というか居方ができればいいなと思いました。
我々のキャリアの、日本映画を生き抜いてきた女優さんたちの鍛えられ方って、申し訳ないけれど今とは違う。そういう厳しさ、きつさを見てきているからいやだなあ、鼻で笑われたらどうしよかなあ、浅い芝居と思われたら怖いなあというプレッシャーはありましたね
スタッフの皆さんにはわかるだろうと思って、三國風にコケてみました。「……いくらでもできるんだよ(三國風の渋い言い方)」
今では死語だけど、“ロマンスグレー”ですよ
台本に書いてある通りにやれば、役って移っちゃうものなんだけど、僕はひねくれているので、一度自分の中に通さないと気持ち悪くてできない
テストで1回だけ、「ここのセリフの出だし、早く言います」などと言ったことはありますが、「ここさ、俺、こんな感じでやるからさ、こうしてもらえる?よろしく!」なんてことは一切ないですね。そんなこと言うのイヤだし(笑)
(『愛を積むひと』について)フラットでいたいな、という気持ちはありました。夫婦物で、しかも家の中にキャメラが入ってくる話なので、一番大切なのは空気感ですよね
(『最後の忠臣蔵』について)孤独な2人の男の物語ですし、ラストもせつない。でも、男女の恋や親子の絆、可音の結婚のエピソードが入っていることによって女性にも楽しんでいただきやすい作品になっている
僕は役者としてそのイメージに甘んじることなく、今まで演じたことのない役柄に挑戦したいと思ってしまう
この間、妻に「最近、手の込んだ料理しなくなったわね」と言われたんです。それで、「ああ、仕事で憤ることも無くなって、ストレス溜まってないんだなぁ」って気付きました(笑)
毎日作っていないから言えることなのかも知れませんが、料理って、余計なことを考えずにただひたすら、目の前のものを“美味しくなーれ”と思って手を動かせばいいから、僕にとってはストレス解消になるんです
男として、と言うか人間として魅力的だなと思うのは、言っていることと行動とがいつも一致していて、ブレてない人ですね