引用元:新潮社
今回は有名な「伊藤 惇夫」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「伊藤 惇夫」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?
伊藤 惇夫とは
伊藤 惇夫(いとう あつお) 国籍: 日本 神奈川県葉山町出身 生年月日:1948年8月28日
日本のジャーナリスト、政治評論家(政治アナリスト)。
学習院大学法学部卒業後、出版社へ就職した後、1973年自由民主党本部事務局に勤務。自民党では広報を担当し、1989年からは自民党政治改革事務局主査補として政治改革大綱を取りまとめる。その後、羽田孜らと行動を共にして自民党を退職、1994年末から新進党総務局、1996年12月から太陽党、1998年1月に民政党、4月から民主党の事務局に勤務。太陽党以後は、いずれも事務局長を務めた。
新党の結成に次々と立ち会ったことから「新党請負人」の異名を持つ。2001年12月に民主党を退職し、政治アナリストとして独立。執筆業の他、ニュース番組やワイドショーなどでコメンテーターとして活動。現在、学習院大学・明治学院大学・日本大学法学部並びに大東文化大学講師を務める。
参考:Wikipedia
伊藤 惇夫の名言集
自民1強、野党多弱の状態が続き、政治全体に緊張感がない。与党に緩みやおごりが出る一方で、野党は与党の失策やスキャンダルを追及する以外にやることがなくなっている
旧民主党政権の失敗のイメージが国民にすり込まれていることが大きい。『悪夢の民主党政権』と言い続けた安倍晋三前首相の戦略によるところもあるが、旧民主の人たちは自力で政権の座に就いたと勘違いしている。
政権を去ってから10年近くたつのに、昔の名前ばかりで、代わり映えがしない。小選挙区制度では党首の人気投票的な要素が強くなっており『顔』になる人材が必要だ
立民が結党時に人気が出たのは、希望の党に“排除”された後、枝野幸男氏を中心に立ち上がる過程が池井戸潤氏の小説のように映ったからで、一時的なブームにすぎない。
党の組織や議員個人の後援会組織、業界団体など地域に複数の根を張っていたからだ。立民には自前の根がなく、組織として頼れるのは労組関係だけだ。
選挙協力は必要だが、『野党連合政権』と言った途端に共産以外の党は支持者が離れてしまう恐れがある。まずは自民の1強体制から脱却して緊張感ある政治構図をつくるために、スムーズな選挙協力に注力すべきだ
罰則を緩和したのは一つの成果として評価できるが、最大の問題は補償や支援の部分で成果を上げられなかったことだ。困っている人の視点に立つのであれば、もっと徹底的にやるべきだった
今回のコロナ対策では野党も有意義な提案をしているが、あまり報道されていない。野党がどんなに頑張ったところで報道されなければ意味がない。
追及は必要だが安定的な支持につながらない。野党の提案は与党につまみ食いされてしまう。そもそも実現することはないのだ。与党と同じ土俵に上がるには、もっと大きなビジョンを示すことが重要だ
対自民の発想だ。これまでの歴史を振り返っても、自民に挑戦する野党に共通するのは、対自民でものを考えがちなことだ。自分たちはこれをやるという社会像を示さなければビジョンにならない。
今の日本が下り坂にあることを正直に認め、20、30年後にこんな国にするという未来図が必要だ。弱い者、小さい者、貧しい者に目を向け、有権者全体にアピールする。10年スパンで地道に訴えていくしかない
今の政局は非常に読みづらい。理由は簡単。全てがコロナ次第だからだ。ワクチンは海外に比べて接種が大幅に遅れ、供給見通しがころころと変わっている。予定通りに進まなければ、政権の足を引っ張る不安材料となる可能性が高い。
東京五輪について私自身は、今年にやらないといけないのかという思いだ。五輪はアスリート、ボランティア、聖火ランナー、観客、テレビで応援する人が一緒に盛り上げる「お祭り」。無観客開催では適格性を欠く。
菅政権は支持率が急落した。菅首相はぶれるのを嫌うが、柔軟な対応が必要なコロナではマイナス。「GoToトラベル」の停止判断の遅れは、その象徴だった。相次ぐスキャンダルも痛手だ。これ以上続くと、菅首相では総選挙を戦えないというムードになる。
衆院解散時期は、9月か8月末の五輪直後しか、タイミング的には考えづらい。党総裁任期は9月で、衆院議員の任期は10月。支持率が改善しなければ、菅首相が解散を打てないまま、総裁選になだれ込み、新しい総裁の下で選挙をやるという動きが出ても不思議ではない。
『ベスト&ブライテスト』は、アメリカ中の英才を集めたケネディ政権が愚劣なベトナム戦争に突入していった過程を検証している。
自民党が弱体化した理由を考えるのには、自民党づくりに奔走した三木武吉の生涯を描く『誠心誠意、嘘をつく』も面白い。こうした軍師タイプの政治家が、最近はいなくなってしまった。
首相として、どれほど栄耀栄華(えいようえいが)を極めようが、やがては身を引く時がくる。その際、多くの首相は、自身から見て「意中の人」を後継者に据えようと考える。
政権運営の方向性や、自身の進めてきた政策の継続を求めることもあるが、それ以上に、引退後も影響力を維持したいという思いがあるからだ。
「余力」を残して辞める必要があるが、その「見極め」は難しい。余力がいつまで維持できるかは、それこそ「神のみぞ知る」から。