『LOGAN/ローガン』も『グレイテスト・ショーマン』にも言えることだけれど、周りからは(君が)賢い人間ならやらない方がいい、自らリスクを背負わなくてもいいじゃないか、そんなことを言われた。確かに当時(7~8年前)は、ミュージカル映画はほとんど作られていなくて、失敗したら二度とチャンスはないかもしれない…大きなリスクがあったからね
バーナムの勇気を見習って、自分を信じて、信念を持って、夢を追い求めようと思った。バーナムは7回も全財産を失う経験をしている。それでも挑戦し、人生を立て直したからね。
皮膚がんの手術をうけたばかりで、鼻の辺りを80針(!)縫っていてね。医者からは“絶対に歌ってはダメ”と釘を刺されていた。だから最初はセリフだけにしようと思っていたけれど、歌わないヒュー・ジャックマンはやっぱりナシだろうと、一行だけさわりを歌うつもりが止められなくなって…気づいたら熱唱していた。
彼こそが裏舞台のバーナムだ!
当時、マイケル・グレイシーはコマーシャルやミュージックビデオのディレクターとしてすでに有名で一流だったけれど、長編映画は初めてだった。でも、彼は野心的で決断力があった。長編映画を撮りたい! 何としても撮りたいんだ! という野心が凄かった。
若い頃は緊張感のある野心、いまは楽しみながらの野心だと言えるね
僕はいつでも家族がナンバーワンだよ!
バーナムと同じように僕にとっても家族は何よりも大切なものだ。でもバーナムは上流階級の人たちに認められたい一心で、途中、家族を放ってしまう。変わらずに愛しているけれど、放ってしまうんだ。そして最後に何が大切なのかに気づく。そこは僕と違うところだね(笑)
あのシーンは監督マイケル・グレイシーのビジョンによって生まれた。大きな月があって、シーツはまるで踊っているようで、ロマンチックでファンタジーで、すごくいい演出だと思った。演じているときも感動していたけれど、完成した映画でそのシーンを観たとき、涙が溢れた。
いろいろな人から曲を出してもらった。そのなかのひとつが『A Million Dreams』だったんだけれど、実はマイケルはスタジオに嘘をついていたんだ。スタジオの人間たちから、このベンジ・パセック&ジャスティン・ポールは何者だ? と聞かれて、とっさにブロードウェイで活躍する凄く有名な人たちだってね(笑)。
ベストなタイミングで世に放たれる『グレイテスト・ショーマン』。時代の流れも味方につけてしまうのは、ヒュー・ジャックマンをはじめ作品に関わった人たちが信念を貫いたから、夢を追い求めつづけたから──。こんなミュージカル映画を待っていた!
このストーリーに引き込まれました。大統領候補の「フロントランナー」と目されていた男が転落する3週間を描いており、今まで私が演じた役とはまったく異なることが魅力でした。ゲイリー・ハートは非常に謎めいていて、知性もある…。そんな彼を演じることに、ぜひともチャレンジしたかったのです。
様々なことで驚かされました。まず、彼の政治家としての観点、そして彼のプライベートについても驚かされたことがありましたね。実は、私はゲイリー・ハートについて、何も知りませんでした。しかしながら、資料を読めば読むほど、彼は大統領になれなかった偉大な男であったことが分かりました。
彼はここ 50 年間で、最も先見の明のあった人物だったもの言えます。それと同時に、“偉大な大領領になれなかった男”として名前が知られている人物でもあるのです。自分のプライベートを可能な限り守ろうとしていた人物でしたし、コンプレックスも抱えており、とても複雑な人物であると言えるでしょう。
彼は1981 年に、まだガレージでコンピューターをつくっていたスティーブ・ジョブスと一緒にランチを食べていました。そこで得たインスピレーションを元に、ゲイリーは「これからはコンピューターの世界だからすべての教室に導入しよう」という発言をしています。
1983 年には、「『アメリカは石油にこだわりすぎだ』という考えから、今後、中東との戦争になりかねない」という発言もしています。そして1984 年にはゴルバチョフと会い、レーガンが宇宙への計画を進めている最中に、「冷戦時代は終わり過激派が中東で生まれる」ということも予測もしています。
『フロントランナー』のように、今まで知らなかったストーリーには興味がありますし、非常に重要なことを示している作品にも興味があります。そして、「この役、演じられるのかな?」と思う恐怖を体感したいというのもありますね。
私はそうです。大好きな仕事を大好きな人たちと一緒に行えますが、もちろん交通渋滞に巻き込まれてしまうこともあるわけですから…。そんなことは覚悟のうえ楽しみますよ。私が特に気をつけているのは、子供たちのことであり、彼らの私生活は守ってあげたいことです。
答えは「ノー」だね。政治で今一番重要なのは、マーケティングとブランディングです。エンタメ業界ではブランディングがとても大事ですし、そしてマーケティングもとても大事なことではあります。僕はそのことについてよく理解しています。
1960年代でしたら、名優ケーリー・グラントやキャサリン・ヘップバーンら著名人に、「大統領に出馬するのですか?」など、誰も聞かなかったことでしょうね。すべてが変わったのは、レーガン政権が終わってからです。「知名度があって財力もあるから、投票率も良いでしょう」という時代になってしまったわけです。