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【糸井重里】の名言集|名言まとめドットコム

引用元:twitter.itoishigesato

今回は有名な「 糸井重里 」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている有名人「 糸井重里 」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?

糸井重里とは

1948年に群馬県前橋市で生まれる。 生誕後に両親が離婚し司法書士であった父親の元に引き取られ祖母に育てられる。

小学校3年の時に父親が再婚。幼少時から漫画好きで漫画家に憧れていた。中学時代は北杜夫に熱中した。

法政大学文学部日本文学科に入学。在学中に学生運動に身を投じ逮捕されること5回。その後中退した。

知人に薦められて「宣伝会議」のコピーライター養成講座に通い、1968年にデザイン事務所「サムシング」に就職。

978年、矢沢永吉の自伝本『成りあがり』の構成と編集を手掛ける。同書はベストセラーを記録した。

982年4月から1985年3月まで、NHKの若者向け番組「YOU」の司会も担当。 1989年、ゲーム製作のための会社「エイプ」を設立。制作した『MOTHERシリーズ』はカルト的なファンを生んだ。

1993年、女優の樋口可南子と再婚。 2001年、雑誌「インパク」の編集長を務めて話題となった。

参考:Wikipedia

糸井重里 の名言集

ほしいものが、ほしいわ

大きく変わるときというのは、うれしくないことをも含めて進むものだ

手がかりをつかんでいって、わけのわからないところへ行きたい

岡本太郎のいちばんのアートは、敏子さんに好かれることだったんじゃないかって思うんです

太郎さんは、明るいかんじがしますけど、明るくしたんですね、自分で。発電したんだよね

利口でない日々を送るのが勉強なのさ

本当に命がけの仲間を作れないんですね

俺を見ろ。俺を聞け。俺を追え

いろんなことをして遊ぼうと思うときに、「あいつは呼びたい」と思うやつは、いつもいる。

赤ん坊、笑え、助平な動物たち、腰を振れ。

他人の評判がどうだの、腹の減り具合がどうだの、気にしていたらきりがない。

さあ、みんなの正月だ

「俺はすごい」って言えるものは、ナイショでもってるわけですよ

「糸井はもうダメ」って3、4回言われて生きてるんです

俯瞰しているばかりで、手も足も動かないのは困る。

しっかり休むと、視界がクリアになりますし、呼吸が大きく深くなるような気がしますものねー

なんなんでしょうね、「好き」ってねぇ

おれなんかが忙しいとか文句言ってちゃいけないなと思っているよ‥‥

考えることは考えるのですが、やっぱり考えが足りない。

「無謀」と言っては言い過ぎだけど、「冒険」というくらいの「賭けの要素」がないと、やっぱり、なにもはじめられないんですよね

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