言葉は凝縮するほど、強くなる 短く話せる人になる!
(アンドレ・ザ・ジャイアントについて)1人というにはあまりにも巨大すぎ、2人というには人口の辻褄が合わない!
芥川賞と本屋大賞の区分けが、だんだんなくなってきた感じがする。僕なんかの世代は“あれ?”って感じもするんですよ
ハルクホーガンを「現代に蘇ったネプチューン」
スタンハンセンを「ブレーキの壊れたダンプカー」
もし圧力がかかって番組を切られても、私はそれはそれで本望です
報道ステーションSP この番組に関して、後悔することがあります。
1つ目は牧場の主の方に、何とか無理を言ってでも、あの牛の墓場を撮影して、皆様にお届けするべきだったと、今考えています。 私たちは物を喰らって生きています。
しかし、この生き物が育てられていく現場。
そしてその現場で今、大変悲惨なことが起きているという、それをテレビは避けずに、直視して、皆様に見てくださいと、私は言う勇気を持つべきだと、今後悔しています。
思い返せば、僕の30~40代は欲深かったですね。もちろん、今もそうではありますが、今以上に仕事に貪欲でした。
29歳でテレビ朝日を辞めて、フリーになりました。もっと売れたい。有名になりたい、モテたい。そんなことばかり考えてギラギラしていました。
F1実況中継で使用した「音速の貴公子」
「60歳を超えたのに、まだやるの?そろそろカナダの山小屋にでも住んで、サーモンを釣りながら過ごせばいいじゃないですか」なんて言われます。
そんな意見には耳を貸す気はありません。体が続く限り、現役でいたいという気持ちが、勝手ながら僕にはある!
北欧出身の色白レーサーには・・・
顔面白夜
北欧の貴公子
サンタクロースの国からやってきたF1優等生
アンドレ・ザ・ジャイアント『一人民族大移動』
長州力を挑発する藤波辰爾の技を『掟破りの逆サソリ』
女好きのF1ドライバーには・・・
「私生活のワールドチャンピオン」
「スピードと快楽のシンドバット」
「F1界のエロティカ・セブン」
「報道ステーション」の12年間は決して平たんな道ではありませんでした。降板の記者会見で申し上げたように、批判、非難を多く頂戴しました。1日600本の抗議があったこともあります。僕自身が毎日、目を通し、正直へこんだときもあります。しかし、苦しくなった時は「アゴを上げちゃいけない」って自分に言い聞かせてました。
さあ出てまいりました荒川区の下町西日暮里の河童伝説日本の北島康介
そこそこの優遇なんて、実は錯覚にすぎない。
北島に対する実況で生まれた名文句! 「又、世界が微笑んだ!」「都電荒川線」「時計は悪魔が作ったと言われます」(北島康介)
第一希望のやりたい仕事でなくても、失敗をくり返しても、苦労して汗水を垂らした時間は血肉になって残っていくはず。
あれもこれも欲しいんじゃ、何も手に入らない。
全国朝日放送の面接時なんと広辞苑の丸暗記という特技を披露して採用されたという秘話があるんですよ