(藤波城を)いつかは建てたいという願望はまだ持っている
城のことならいくらでも語れます。任せてください
僕は引退って言葉は吐かないと思う。いつかはリングに上がらなくなるときが来るかもしれないけど、引退とは自分では言わない。なぜかというと、プロレスは僕の人生そのものだから
俺らはなんなんですか?!俺らは!
猪木さんは選手だけでなく、フロントや営業の社員などにも、常に『全日本に負けるな』とハッパをかけていました
(ヘルニアのリハビリを行っていたころ、霊能者に霊視してもらい、霊能者から「おたくの犬が死にますよ。その子が亡くなって藤波さんが良くなる」と言われたことに対し)家族の一員である犬を、身代わりや生け贄のように言うな
亡くなったことを聞いた時はショックで言葉が出ませんでした。電話で話をしたばかりだったから、なおさら......。今も、『鶴田さんは、自分と会って何を話したかったんだろう』と、時々思い出すことがありますよ
あの技は世界で私1人しか使えません。名前はドラゴン・スープレックスです
全日本はライバル団体でしたし、鶴田さんとはほとんど顔を合わせたこともなかったと思います。トリオを組んだこの試合は、やっぱり緊張感がありました。試合前もそんなに話はしなくて、ごく普通の日常会話くらいでしたね
(スーパー・ストロング・マシンに「お前、平田だろ!?」といったことに対し)マイクを向けられた時に話すことが無いのでつい言ってしまった
まとめ
今回は「藤波 辰爾」の名言・名セリフ集をご紹介しました。
お気に入りの名言や心に響く名言は見る人によって変わります。
「藤波 辰爾」の名言には、今回ご紹介していないものの中にも、まだまだ名言と呼ばれるものが数多く存在するでしょう。
ぜひ自分のお気に入りの名言を見つけてみてください。