西暦2000年代の偉人

【中畑 清】の名言集|名言まとめドットコム

(二塁打を放った際に球場に起こったウェーブについて)自分が日本の球場で最初に起こしたもの

空が見えない中で野球をするのは寂しいな

若い時、特に結果が出ている時、自分のスタイルを貫き通したい。自分の打撃を崩してまで、違う打ち方にする選手なんて誰もいません。松井もそれと同じでした。自分に分かっていたので、余計なことは言いませんでした

私がなぜ自分にキャッチフレーズをつけるかというと、自分のやりたいことをわかりやすく伝えたいからです。単純だけれど、こねくり回したものではなく自然に湧き出た言葉です。だからその分、人に伝わりやすいと私は思っています。

花花(はなはな)恐縮ではございますが。花が似合うね、俺は。

ダメ出しなんて、誰がやっても同じで、「バカヤロー!」なんて、バカにだって言える。問題はネガティブな言葉を出し切ったあとで、選手の心をケアするために、どんな言葉をかけてやれるか。人間は感情の動物なんだから。

監督の仕事は責任を取ることしかない。勝てば選手、負ければ監督。それでいい

(落合について)しっかり4番の仕事をしました。それはそれまでの巨人の4番とは違いました。長嶋さんを男にするという落合の言葉もありますが、一方巨人軍からの考え、長嶋さんの考えもある。1994年当時の巨人はしっかりとした4番がいなかった。落合は4番として、1シーズン目で優勝して、日本一になった。当時の打撃コーチとして本当に感謝しています

私もジャイアンツ時代に長嶋茂雄監督による「地獄の伊東キャンプ」を経験した。伊東キャンプは私の一生の財産だ。一緒に汗水垂らして、苦しい時間を共有してね。ヘドを吐いてついていった。

各球団の補強を見たら、オレが評論家でも最下位にしたよ。

これじゃあ『寒いぜ』で終わっちゃう。熱いところを見せてファンの期待に応えたい。後ろ向きになっても困る。これが現実。これ以上、落ちることはない。あとはどうやってはい上がるか。

(議員になっていれば)震災の後に自由に支援に故郷を訪れることができなかっただろうから

「監督」という職業にありがちな選手との距離感を詰めることを一番に考えた。堅い雰囲気を払拭したい。プロは実力主義のシビアな世界だけれど、チームは家族でもある。その柱になりたかった。

全員の気持ちが一つにならないとそのチームは機能しない

天下統一…。豊臣秀吉か。天下を取るためには、ちょっと戦力が整ってないけどね。こんな素材がいるんだ、という喜びを感じられたのはでかい。苦労して、苦労して、最後にいい結果になってくれればいいね。

米に牛乳のせる生活体験したらどんなつらい生活でも耐えられるよ

ベンチも重い空気はある。でもいいんです!内容は悪いけど、自分たちでやったこと。昨日と同じセリフになりますが、切り替えていきます。

大学駅伝の名将・大八木弘明監督(駒澤大学)は大学の後輩で、たまに飲む。違うスポーツだけど、選手育成で共通する部分があった。

同じ内容でも、言い方ひとつで受けとめ方が違ってくる。だったら、イヤな思いが胸に残るような言葉は使わないほうがいい。

まとめ

今回は「中畑 清」の名言・名セリフ集をご紹介しました。

お気に入りの名言や心に響く名言は見る人によって変わります。

「中畑 清」の名言には、今回ご紹介していないものの中にも、まだまだ名言と呼ばれるものが数多く存在するでしょう。

ぜひ自分のお気に入りの名言を見つけてみてください。

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