西暦1900年代の偉人

【マルティン ハイデッガー】の名言集|名言まとめドットコム

天才的な頭(老年のゲーテに見紛うほど似ている)を見ると、広く浮きだしている額の背後には、多年風雨に耐えてきた不屈のエネルギーと、脈打ち続ける行為への衝動を実行に移さんとする深く汲み尽くせない精神とが宿っている

アーブラハム・ア・ザンクタ・クラーラのようなタイプの人は、静かに国民の魂の中に保持されて、我々のためになるものでなければならない

教会がその永遠の真理という宝を守ろうとして、モダニズムの破壊的影響を防ぐのは当然のことである

私が死んだら、原稿は100年間封印してほしい。時代はまだ私を理解する構えにはない

歴史的認識の理論を越えた認識論的洞察から私にはカトリックの体系が疑問視されるようになり、それは受け入れがたいものになってしまいました。しかしキリスト教と形而上学が受け入れがたくなったのではありません

現存在と活動そのものを神の前に正当化する

宗教的体験の直接生、すなわち聖なるもの、神的なものへの献身の妨げることのできない生き生きとした性質は、規定され、史的に条件付けられた認識論と心理学の頂点として生じる

予期連関において、十全な動機付けの網を、非反省的に生きながらも、省察的に経験する

誰もが今は破滅を思っているのでしょうが、我々ドイツ人は、いまだ昇りつめておらず、何としても夜を耐え通さねばならないがゆえに、破滅することはできません

国民社会主義的な諸哲学がそうであるように、矛盾した諸成果の苦労の多い仕立て上げは混乱を引き起こすだけである

探求における同伴者は若きルターであり、模範はルターが憎んだアリストテレスであった。衝撃を与えたのはキルケゴールであり、私に眼をはめ込んだのはフッサールである

私は、うれしく、かつまた感謝の念をこめて、コンラディハウスにおいてはじまった私の勉学の日々を思いおこしては、すべての私の試みがいかに強く故郷の土に根づいているかを、いよいよまざまざと実感しております

哲学するとは、畢竟、初心者のほかの何者でもないことの謂いなのです。しかし、私たちが小人たるにもかかわらず、おのれみずからに内なる忠実を保ちつづけ、そこから精進しようと努めるならば、そのわずかな行為も、良きものとなるにちがいありません

存在論を必要とするのは有限者だけである

神に存在論はない

人間の現存在の過去というものは、無ではなくて、私たちが深淵へと成長するときに繰り返しそこへと帰っていくところなのです。

(真理とは)人間を越えて立つところのものである

本来的に自由であることは、暗さからの解放者であることである

自由であること、解放者であることは、存在にふさわしく、われわれにぞくする者たちの歴史において共に行動することである

根源的な闘争(論争などというわけではない)が意味しているのは、自分に最初に敵と反対者さえも作り出し、そしてこれをおのれの最も鋭い反対者にする闘争である

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