今回は有名な「出光 佐三」の名言をまとめてみました。聞いたことのある名言から、こんな名言あったの?といったものまで数多く紹介します!誰もが知っている偉人「出光 佐三」の名言・名セリフには、どんなものがあるのでしょうか?
出光 佐三とは
出光 佐三(いでみつ さぞう、1885年8月22日 - 1981年3月7日)は、明治から戦後にかけての日本の実業家・石油エンジニア・海事実業家。石油元売会社出光興産の創業者。貴族院多額納税者議員。
神戸高等商業学校(現・神戸大学)卒業。同校で水島銕也校長に師事し「士魂商才」の理念に感化を受ける。同期に高畑誠一、永井幸太郎、和田恒輔。内池廉吉教授の「商業概論」の講義で受けた「商売は金儲けではない」との教えから、1940年に出光興産創業後、大地域小売業を展開した。故郷である福岡県宗像市に在る宗像大社を厚く信仰していた事で知られ、その再建にも貢献した。
参考:Wikipedia
出光 佐三の名言集
いくら大学を出ていても困難を克服して,試練を乗り越えなければ何にもなりませんよ。人間が先であります。「育」が先で「教」が後である。それだから「教育」という言い方が間違いで「育教」といったほうがいい(笑)
僕は日本人として日本人らしく実行の道を歩いてきた。妥協を排し、誘惑に迷わず、ただひたすらに日本人の道を歩いてきたに過ぎない。
愚痴をやめよ、世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ。
試練,謙虚ということは,日本の国体を中心として出てきた人間中心の歩き方であり,これは金権を中心とした物質文明の行き詰まりを解決する道であるということを,入社式にさいして深く頭にきざみこまれて奮闘されんことを祈ります
ある一つの目的を達成するのに非常に楽な道と非常に苦しい道とがあるとする。苦しい道をとっても楽な道をとっても目的は達せられるがどちらを選ぶかといえば我々はあえて難路を選ぶ。
科学・技術の進歩の前に人間の尊厳が確立されていなければならない
僕は景気のいい時に,景気の悪い時のことを考えて準備しておけと言っている
みずから顧(かえり)みて尊い人になれ。
わが社の資本はカネでなく、人間だ。カネは資本の一部だ。いちばん大切なのは人。人が第一であって、人が事業をつくり、事業がカネをつくる。カネは人についてくる。
まず営業の主義を社会の利益に立脚せんとしました。事業の生命は社会と共に永久であるからであります
私はいかなる故障も難関も事故も,必ずこれを打破するの徹底心を養成することに努力するのが,他人の子弟を預かるものの責務だと思うのであります。
出光は石油業というような些事をやっているのではない、出光の真の目的は人間が真に働く姿を現して、国家社会に示唆を与えよ。
世の中に混乱がある。それもたったひとつで解決がつきゃしませんか。それは「お互い」ということですよ。我欲の人間が仲良く暮らすためには「互譲互助」の思想に徹する以外に道はありませんね。これは日本人の道徳の根幹です
明治時代は日本にとって最も偉大な力を発揮した時代である。心身を鍛練し人格を養成し,人間尊重の基礎を固め社会国家のために己を忘れて一致団結し,人間の偉大な力を発揮した時代である。この偉大なる時代をつくった力は,数千年来の精神文明の力である。
金は儲けたいが、信用を落としてまで金を儲けることはできない。
不言実行は事業家の最も尊重すべき要点であります。大言壮語は実業家の最も慎むべき事であります。実業界の唯一の頼みは実力であります。この実力を個人的錬磨とその団結力によって発揮しようというのが我々の主義方針であります
一.禍(わざわい)なきをもって福となす(福・無禍者)
一.足を知るものは富む(禄・知足者)
一.善を行えば寿ぐ(ことほぐ) (寿・行仁者)
金を軽んじても重んじてもいけない。
現在のように人心の退廃した時代の人を救うには,親切に徹底しなければならぬ。いい加減な親切はかえって逆効果をおこす
私は元来外交官になりたかったのでありますが,父から一蹴されました。父は私に独立不羈の大精神を吹き込んでくれました。人に頼るな,独立自営せよ,こうして不平なき一生を送り得ると教えました。私が二十歳の時であります。